06.08.2006
ウヨクとサヨクとお国さま
午前4:10 まだ仕事中だ。
疲れてきたので思いつくまま日記でも書いてみる。
変なこと書いたらすみません。【守秘義務は当然守ります】
疲れてきたので思いつくまま日記でも書いてみる。
変なこと書いたらすみません。【守秘義務は当然守ります】
私は、神奈川県教育委員会が公立高校の教師に、国歌斉唱時に起立斉唱を強制しているとして、起立斉唱義務の不存在確認訴訟の代理人をしている(他の弁護団員に置いていかれ気味だが)。
以前、裁判当日に、原告である教師や代理人弁護士を中傷するビラを裁判所前で蒔いている人たちがいた。まさか原告代理人とは知らないのであろうこちらにも配ってくる。
彼らは私たちからみたら日本を間違った方向へ導くであろう右翼だ。でも彼らからみたら私は日本を駄目にする左翼だろう(最近目覚めたのだが)。
お互い相容れないが、しかし、お互いに、この国を想っていることはきっと変わりないと思う。究極的には平和が来ることを願っているんだろうと想う。もちろん極端な右翼左翼があることは承知しているが、裁判所の前でビラを配っていた人たちや、ネットで右よりな主張している人たちの多くはそういう人たちなのではないだろうか。
私たちだって、裁判所の前でビラを蒔くことはあるし、彼らのネットでの主張を視たら「おえー」と思うのと同様、彼らはこのブログをみて「う゛えー」と思うのだ。その気持ちはよく分かる。
経団連のように、経済的理由から軍隊の海外派遣を主張する確信犯は別として、私たちのような市民レベルでは、右だとか左だとか嫌い合いながらも、平和な世界の実現という同じ目的を持っているのだと私は信じている。だからなのか中傷ビラをみても全く怒りはなかった。
私のような「左よりな人」は、平和な世の中にしたいのであれば、やはり最後まで武力に頼ることはやめたほうがいいと思っている。武力がなければ客観的に戦争はできないが、あれば客観的に戦争できるからだ。
しかし、「右よりな人」たちも、自分の大切な家族が攻められて殺されるんじゃないかと本気で思っているから9条の改正を必要と思うひとたちの気持ちも分かる。
私自身は、明確にどっちが合ってる間違ってると決めつけるほどの確信はない。
しかし、これだけは言えることは、今の与党が進めている、イラク戦争のような経済的・対米従属的海外戦争ができる国とできない国なら、後者を間違いなく選ぶ。前者は人を(間接的にであれ)殺して自分はテロの危険にさらされる、後者はもしかしたら北朝鮮がミサイル打つかもしれないという不安にさらされる。
どちらも不安で危険なら、私は、罪もない人たちを殺さないですむ後者の方を絶対に選ぶということだ。
私は、自分と言うより自分の親しい人や子どもが人を殺さねばならない状況は絶対につくりたくない。私の祖父は戦死したが、意に反して人をたくさん殺したようだ。とても辛かったと思う。自分で死を選ぶほどに。
市民レベルでは私は右でも左でも良心に基づいた考えだと思う。
でもこれを国がやると別だ。
徴兵され戦争に行った方たちは、「お国」に強制されて人殺しをさせられたのであって、遺族である私は祖父を殺した「お国」を恨むことはあっても、その「お国」が、「愛国心」を強制したり、戦後補償問題で「戦争に行った人たちを悪く言うな」などというのは、明らかに間違っていると思う。
私たち(といっていいかどうかは分からないが)左と思われてしまっている人(私はまだビギナーであるが)は、戦争は間違っていたが、徴兵されて戦争へ行った兵士は被害者であり、加害者は、戦前教育で洗脳し、法律で縛り上げ戦争へ行かせた当時の「お国」であると思っているのである。その加害者である「お国」が、自虐史観であるとか、「戦争に行った人たちを悪く言うな」などという。
「お国」が悪かったんだから、「自分(お国)が悪かったんです。すみません。一人一人の兵士は悪くないのです」というなら分かるが、自分は全く謝らず、太平洋戦争の話になると「兵士(祖父)の悪口言うな」って、「あんた(お国)に文句いってんだ!」って言いたくなる。む、何か腹が立ってきた。で、こりずにまた戦争できる国にするなんて、ああ、もう腹が立つよ「お国」様。どこまで馬鹿にするつもりなのだろうか。そりゃ格差ができれば兵士になる人もいるだろう。アメリカのように。愛国心づけの教育にあれば、「下流社会」の「負け組」だって、お国から離れていかないだろう。
でも今度こそ、私たち市民はなるべく理解し合って、今度こそ、無益に中傷し合ったり、日和ったり、流されたり、諦めたり、疲れたりせず、本当に平和な世界を築く一歩をなるべく近い距離で踏み出せれば素晴らしいことだと思っている。
長い。けど10分で記入。のでまた仕事へ。
ああ、しんど(言ったそばから疲れ気味)。
以前、裁判当日に、原告である教師や代理人弁護士を中傷するビラを裁判所前で蒔いている人たちがいた。まさか原告代理人とは知らないのであろうこちらにも配ってくる。
彼らは私たちからみたら日本を間違った方向へ導くであろう右翼だ。でも彼らからみたら私は日本を駄目にする左翼だろう(最近目覚めたのだが)。
お互い相容れないが、しかし、お互いに、この国を想っていることはきっと変わりないと思う。究極的には平和が来ることを願っているんだろうと想う。もちろん極端な右翼左翼があることは承知しているが、裁判所の前でビラを配っていた人たちや、ネットで右よりな主張している人たちの多くはそういう人たちなのではないだろうか。
私たちだって、裁判所の前でビラを蒔くことはあるし、彼らのネットでの主張を視たら「おえー」と思うのと同様、彼らはこのブログをみて「う゛えー」と思うのだ。その気持ちはよく分かる。
経団連のように、経済的理由から軍隊の海外派遣を主張する確信犯は別として、私たちのような市民レベルでは、右だとか左だとか嫌い合いながらも、平和な世界の実現という同じ目的を持っているのだと私は信じている。だからなのか中傷ビラをみても全く怒りはなかった。
私のような「左よりな人」は、平和な世の中にしたいのであれば、やはり最後まで武力に頼ることはやめたほうがいいと思っている。武力がなければ客観的に戦争はできないが、あれば客観的に戦争できるからだ。
しかし、「右よりな人」たちも、自分の大切な家族が攻められて殺されるんじゃないかと本気で思っているから9条の改正を必要と思うひとたちの気持ちも分かる。
私自身は、明確にどっちが合ってる間違ってると決めつけるほどの確信はない。
しかし、これだけは言えることは、今の与党が進めている、イラク戦争のような経済的・対米従属的海外戦争ができる国とできない国なら、後者を間違いなく選ぶ。前者は人を(間接的にであれ)殺して自分はテロの危険にさらされる、後者はもしかしたら北朝鮮がミサイル打つかもしれないという不安にさらされる。
どちらも不安で危険なら、私は、罪もない人たちを殺さないですむ後者の方を絶対に選ぶということだ。
私は、自分と言うより自分の親しい人や子どもが人を殺さねばならない状況は絶対につくりたくない。私の祖父は戦死したが、意に反して人をたくさん殺したようだ。とても辛かったと思う。自分で死を選ぶほどに。
市民レベルでは私は右でも左でも良心に基づいた考えだと思う。
でもこれを国がやると別だ。
徴兵され戦争に行った方たちは、「お国」に強制されて人殺しをさせられたのであって、遺族である私は祖父を殺した「お国」を恨むことはあっても、その「お国」が、「愛国心」を強制したり、戦後補償問題で「戦争に行った人たちを悪く言うな」などというのは、明らかに間違っていると思う。
私たち(といっていいかどうかは分からないが)左と思われてしまっている人(私はまだビギナーであるが)は、戦争は間違っていたが、徴兵されて戦争へ行った兵士は被害者であり、加害者は、戦前教育で洗脳し、法律で縛り上げ戦争へ行かせた当時の「お国」であると思っているのである。その加害者である「お国」が、自虐史観であるとか、「戦争に行った人たちを悪く言うな」などという。
「お国」が悪かったんだから、「自分(お国)が悪かったんです。すみません。一人一人の兵士は悪くないのです」というなら分かるが、自分は全く謝らず、太平洋戦争の話になると「兵士(祖父)の悪口言うな」って、「あんた(お国)に文句いってんだ!」って言いたくなる。む、何か腹が立ってきた。で、こりずにまた戦争できる国にするなんて、ああ、もう腹が立つよ「お国」様。どこまで馬鹿にするつもりなのだろうか。そりゃ格差ができれば兵士になる人もいるだろう。アメリカのように。愛国心づけの教育にあれば、「下流社会」の「負け組」だって、お国から離れていかないだろう。
でも今度こそ、私たち市民はなるべく理解し合って、今度こそ、無益に中傷し合ったり、日和ったり、流されたり、諦めたり、疲れたりせず、本当に平和な世界を築く一歩をなるべく近い距離で踏み出せれば素晴らしいことだと思っている。
長い。けど10分で記入。のでまた仕事へ。
ああ、しんど(言ったそばから疲れ気味)。
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Comments
この記事はとても客観的に書かれていて共感できました。
国を思う気持ちは、そう、確かに同じなはずです。
やはり戦争には反対です。無為に人が死んでゆくから。
お仕事お忙しそうですけれど、お身体に気を付けて。
まだBLOGつくったばかりなので、コメントもらえると嬉しいです。また疲れたら詩を読ませていただきにいきます。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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